そんな毎日を10年間、その後教室の体制変化(講座教授の退任)を機に病理学教室を辞することになったのですが、その際、自分が携わった剖検数を改めて数えてみました。
するとその数なんと1542例、感謝という言葉だけでは表し切れない程の内容が充満した数字でした。 10年間ご指導頂いた教授はじめ教室の先輩諸先生方に感謝すると共に、特に病理解剖に身を挺してご教示頂いた1542名の患者様は、私にとって医学界での最初の師であり、足を向けて寝られない存在となったのです。

そんな毎日を10年間、その後教室の体制変化(講座教授の退任)を機に病理学教室を辞することになったのですが、その際、自分が携わった剖検数を改めて数えてみました。
するとその数なんと1542例、感謝という言葉だけでは表し切れない程の内容が充満した数字でした。 10年間ご指導頂いた教授はじめ教室の先輩諸先生方に感謝すると共に、特に病理解剖に身を挺してご教示頂いた1542名の患者様は、私にとって医学界での最初の師であり、足を向けて寝られない存在となったのです。
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